他人のつらさに疲れてしまうのはなぜ?「共感疲労」と心を守るための方法

身近な人の悩みや愚痴を聞いたあと、なぜかぐったり疲れてしまう。
人の悩みを聞いているだけなのに、頭痛がしたり、肩や背中が重く感じたりする。
ニュースで痛ましい出来事を見ると、自分のことではないのに気持ちが沈んでしまう。
困っている人を見ると放っておけず、一生懸命助けようとする。
でも、気がついたら自分自身が心身ともに疲れ切っている。
そんなことはありませんか?
人の気持ちに敏感で、相手のつらさを自分のことのように感じやすい人は、他人の苦しみに長く触れることで心身が消耗してしまうことがあります。
こうした状態は、心理・福祉・医療などの分野で「共感疲労(compassion fatigue)」という言葉で説明されることがあります。
共感疲労は、誰かを助けようとする気持ちが強い人ほど無縁ではありません。
「人のために頑張っているのだから、疲れるのは仕方がない」と我慢しているうちに、自分の心や体の余裕がなくなってしまうこともあります。
この記事では、他人のつらさに影響されすぎてしまう理由と、自分を守りながら人と関わるためにできることについて考えていきます。
他人のつらさで、どうして自分まで疲れてしまうの?
人の話を聞いただけなのに、なぜこれほど疲れるのでしょうか。
それには、「相手の気持ちを深く受け止めすぎること」と「自分まで相手の問題を背負ってしまうこと」が関係している場合があります。
相手の感情に引っ張られてしまう
人は、目の前にいる人の表情や声のトーン、言葉などから、相手の感情を自然に読み取っています。
親しい人が悲しそうにしていれば、自分まで悲しい気持ちになる。
怒っている人がそばにいると、こちらまで緊張する。
誰かが不安そうにしていると、自分も落ち着かなくなる。
これは、人と人との間では珍しいことではありません。
ただ、相手の感情を強く受け止める人の場合、その影響が大きくなりやすいことがあります。
相手の問題を聞いているうちに、自分のことのように苦しくなってしまうのです。
「私が何とかしてあげなければ」と思ってしまう
さらに疲れやすくなるのが、相手の問題まで自分の責任だと思ってしまうことです。
「私が何とかしてあげなきゃ」
「私が話を聞いてあげないと」
「私が助けてあげなければ、この人は大丈夫じゃないかもしれない」
そんな気持ちが強くなると、相手の悩みが自分の心の中にどんどん入ってきます。
親身になること自体は悪いことではありません。
でも、相手の人生まで背負おうとすると、自分の心には休む場所がなくなってしまいます。
「共感」と「相手の苦しみを背負うこと」は同じではない
人に寄り添うときに大切なのは、「相手の気持ちを理解しようとすること」と「相手の苦しみを自分のものにすること」を分けることです。
相手がつらい。
だから話を聞く。
それはできます。
でも、
「相手がつらいから、私もずっと苦しまなければいけない」
ということではありません。
相手の気持ちは尊重しても、問題まで引き受けなくていい
例えば友人から仕事の悩みを相談されたとします。
「上司が苦手で仕事に行くのがつらい」
と話されたら、
「それはつらいね」
「毎日それでは疲れるよね」
と話を聞くことはできます。
でも、その友人の職場を変えることも、上司を変えることも、あなたにはできません。
できることには限界があります。
そこを無理に背負わないことも、大切な境界線です。
「話を聞くことはできる。でも、相手の人生を私が解決することはできない」
そう考えていいのです。
アドラー心理学の「課題の分離」も参考になる
アドラー心理学には「課題の分離」という考え方があります。
簡単に言えば、
「これは誰の課題なのか」
を分けて考える方法です。
相手の悩みは相手の課題。
自分の生活や自分の心身を守ることは、自分の課題。
もちろん、困っている人に手を差し伸べることはできます。
ただし、「助けること」と「相手の人生を背負うこと」は違います。
相手の問題をすべて自分の責任にしないことは、冷たいことではありません。
むしろ、長く人と付き合っていくために必要な距離感でもあります。
「もう限界かも」と感じたら、まず自分を止める
人の相談を聞いていて、自分の体や心が重くなってきたら、それは一度休むタイミングかもしれません。
「まだ大丈夫」
「このくらい我慢しなきゃ」
と無理を続けるのではなく、自分の状態にも目を向けてみましょう。
体の変化を無視しない
例えば、
- 肩や首が凝る
- 頭が重い
- 背中や腰がつらい
- 眠れない
- 食欲が落ちる
- 何をしても楽しくない
- 人と話すこと自体がしんどい
- 相談を聞くことを考えただけで憂うつになる
などです。
こうした症状にはさまざまな原因が考えられます。
精神的な負担が関係する場合もありますが、体の病気や別の原因が隠れていることもあります。
そのため、「全部ストレスのせい」と決めつけないことも大切です。
痛みや体調不良が続く場合、強い場合、日常生活に支障が出ている場合は、医療機関に相談してください。
「今は聞けない」と言ってもいい
相手から相談を受けたとき、
「今日はちょっと余裕がないんだ」
「また今度ゆっくり聞かせて」
「ごめんね、今日は話を聞ける状態じゃないんだ」
と断っても構いません。
相手を大切にすることと、自分を犠牲にすることは同じではありません。
自分が疲れ切ってしまえば、結局は相手の話を聞くこともできなくなってしまいます。
だからこそ、自分の余力を守ることも必要なのです。
他人のつらさを抱え込みすぎないための3つの方法
ここからは、私自身が意識したいと思うことも含めて、日常でできる方法を紹介します。
1.「私が何とかしなきゃ」と思ったら、一度立ち止まる
誰かの相談を聞いているとき、
「私が解決しなきゃ」
と思ったら、一度立ち止まってみます。
そして、
「これは私が解決する問題なのかな?」
と考えてみる。
相手の話を聞く。
気持ちに寄り添う。
必要なら情報を探す。
ここまではできても、最後に決断して行動するのは相手自身です。
すべてを自分の責任にしないだけで、気持ちが少し楽になることがあります。
2.相談を聞くときに「解決役」にならない
相談されると、何とかしてあげたくなるものです。
でも、相手が必ずしも答えを求めているとは限りません。
「それは大変だったね」
「そんなことがあったんだね」
「それはつらかったね」
と聞くだけでもいい場合があります。
何でも解決しようとすると、聞いている側の負担が大きくなります。
相手の話を聞くことと、相手の問題を解決することは別です。
3.相談を聞いたあとは、自分の時間に戻る
人の悩みを聞いたあと、そのことを何時間も考え続けてしまう人もいます。
「大丈夫かな」
「どうしたらいいんだろう」
「あの人はこれからどうするんだろう」
と、家に帰ってからも相手の問題を考えてしまう。
そんなときは、
「今日はここまで」
と区切ることも大切です。
お風呂に入る。
散歩をする。
好きな音楽を聴く。
温かい飲み物を飲む。
スマートフォンから少し離れる。
ゆっくり眠る。
何でも構いません。
「人の問題を考える時間」から「自分の時間」へ切り替える習慣を作ってみましょう。
自分を守ることは、冷たいことではない
人に優しい人ほど、
「自分のことを優先したら、冷たい人になってしまう」
と思うかもしれません。
でも、自分を守ることは、相手を見捨てることではありません。
むしろ、自分に余裕があるからこそ、人にも優しくできます。
ずっと人の悩みを背負い続けて、自分が疲れ果ててしまったら、優しくすることすら難しくなります。
だから、
「今日は話を聞く余裕がない」
「今は自分の時間を大切にしたい」
「この問題は私が解決することではない」
と思ってもいいのです。
「助ける」と「背負う」を分ける
人を助けることはできます。
でも、その人の人生を代わりに生きることはできません。
相手が悩んでいるときにそばにいる。
話を聞く。
必要なときに手を差し伸べる。
それだけでも十分なことがあります。
相手が自分で考えて、自分で選んで、自分の人生を歩いていく余地も残しておく。
それは、相手の力を信じることでもあります。
おわりに|他人の荷物まで背負わなくていい
他人のつらさに強く影響されてしまうのは、あなたが弱いからではありません。
人の気持ちを考えられる。
困っている人を放っておけない。
誰かが苦しんでいると、自分のことのように心配になる。
それは、あなたの優しさでもあります。
ただ、その優しさのために自分自身が疲れ切ってしまう必要はありません。
誰かの話を聞いてあげてもいい。
困っている人を助けてもいい。
でも、その人の人生まで背負わなくていい。
相手の荷物は相手に返し、自分の荷物は自分で大切にする。
そんな境界線を少しずつ作っていきましょう。
もし誰かの相談を聞いたあとに心身が重くなったら、
「私は今、何を背負っているんだろう?」
と自分に問いかけてみてください。
そして、
「これは私の荷物ではないものもある」
と気づいてください。
あなたが自分自身を大切にすることは、決してわがままではありません。
他人のつらさに寄り添いながらも、自分の心と体を守る。
そのくらいの距離感があってもいいのだと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

