感謝できないときに知っておくこと直さなくても大丈夫!

感謝することの大切さはよく言われていることですが、頭では感謝しなきゃいけないと分かっているけど、感謝できないこともある
そして、そんな自分を責めてしまうことってないですか?
また、感謝感謝と言ってるのを聞くと「うるさい、うざい」と感じてしまう
そもそも感謝がどういうものなのかわからないってこともあると思います
そんな感謝についてお伝えしていきます。
目次
感謝できないときに知っておくこと
感謝とは ありがたく思って礼をいうこと。心にありがたく感ずること
「ありがとう」とお礼を言ったり、心でありがたいと感じていれば感謝していることになります
それでも感謝が足りないと感じてしまうのは自分自身の感情を疑っているからです。
感謝は頭で考えるものではなく感じるもの
私たちが普段感じている「喜怒哀楽」
良いことがあれば喜ぶ
腹の立つことがあれば怒る
辛いことあれば哀しくなる
感謝も「感謝しよう」と思ってするのではなく
感謝とは自然と沸き上がってくるものです
感謝できなくても大丈夫
感謝というのは自然に沸き上がってくるもの
だから感謝しようと頑張らなくてもいいんです
感謝は「人に押し付けるものでもなければ、人から押し付けられるものでもありません」
押し付けられると反発したくなるのが人間です
感謝できないことへのいら立ちと、やりたくないのにやらされてる感がストレスとなってしまいます
感謝できないと悩んでいる方の多くは真面目な方だと思います
だからこそ感謝できない自分を否定してしまうのです
感謝できない自分を責めるのではなく、自分の素直な感情に耳を傾けて、そのままの自分を認めてあげて下さい。
外に感謝の答えはない
自分と周りの人を比較して「普通はもっと感謝すべきなのに出来ない自分はダメな人間だ」と思ってしまう…
で、その普通とは何を基準に言うのでしょうか?
「普通、常識、思い込み」に囚われていると、本当の自分が見えなくなってしまいます
感謝とは「こうあるべき」「こうするべき」というものでもないし基準や正解なんてないんです
同じ「嬉しい」でも感じ方は人それぞれ違います
人の心は本人にしか分かりません
外に正しい感謝の答えがあると思っていると「これは感謝とはいえない」と自分の感情を疑い、次第に湧き上がってくる感情に鈍感になってしまいます
少しでも良かったと思えたり「ありがとう」って言えたならそれだって感謝したことになります。
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「あたりまえ」が感謝をなくす
あたりまえという気持ちが感謝を薄れさせてしまいます
「お金を払っているのだからやってもらってあたりまえ」
「自分はこれだけ負担しているのだから相手から見返りがあるのはあたりまえ」
「親が子供のお世話をするのはあたりまえ」
だから感謝しないくていい、そう思ってしまいます
普段、あたりまえと思っていることも自分の力だけでは存在しません
自分がいて、さらに誰かがいるから世の中は成り立っているのです
まずは、あたりまえだと思うことにも何かしてもらったら「ありがとう」と言ってみる
たとえば、店員さんや接客をしてくれた方に心の中でもいいので「ありがとうございます」と言ってみたり独りで「ありがとう」と声にだしてつぶやいてみたり
はじめは抵抗があるかもしれませんが、言っているうちになんだか気持ちも身体も軽くなって、身近なところにある小さな感謝に気づくだけの心の余裕が生まれるはずです。
関連記事→言葉には力が宿る?肯定的な言葉を言い続けたらどうなるか試してみた
「ありがとう」に対する抵抗感は自己評価の低さによるもの
「ありがとう」という言葉に抵抗を感じてしまう人もいると思います
「ありがとう」が言えない…または誰かから「ありがとう」と言われても素直に受け取れないのは、そこにお礼をいう価値はないと自分や相手の行為を低く見ているからです
「ありがとう」を言うと自分が下になる感じがするといったプライドが邪魔をしていることもあります
「ありがとう」を多用している人を見ると「イライラする」「媚びを売っている」と嫌悪感を感じてしまうのは、言わない自分が劣っている感じがして嫌!だけど言いたくない…
その人のせいで自分の評価が下がるのではないかという思い込みと罪悪感からイライラするのです
「ありがとう」を多用する人の多くは言わなきゃいけないという義務感で言っている
または、なにかをやってもらうことに対して申し訳なさを感じてしまうため「ありがとう」と何度も言ってしまう方が多いと思います
いずれにしても自己評価が低いと人の言葉や行為を素直に受け入れることができないのです
関連記事→自己肯定感が低いとどうなる?自分を好きになるための考え方と行動
見えないものを信じると感謝が沸き上がってくる
感謝は「人」「物」「目の前の出来事」だけにするものと思っていると感謝が分からなくなってしまいます
「何に対して感謝すればいいかわからない」そう思うのは形あるものしか認識していないからです
感謝を表すときの言葉といえば「ありがとう」ですよね
ありがとうは「めったにない」「めずらしい」を意味する「有り難し」という言葉が語源である
何かの働きによってあるはずのないものがあるから「ありがとう」と言います
ケガをしても時間が経てば傷は自然に治るし
暑くなれば体は自然と汗を出して体温を調節してくれます
身体の働きはとても有り難いものであり
私たちの命そのものに感謝なのです
なかには「生まれてこなければよかった」と思う方もいるかもしれません
私もそう思ったことはあります
五体満足で生まれて命の有難さに気がついていなかったからだと思います
私も頭では命の有難さを分かっていたつもりでしたが、つもりでは分かっていないのと同じでした
実際に色んな経験をして心理や生き方について関心を持ち「心と身体の関係、この世の仕組み」を学び
「見えないものに守られているありがたさ」がストンと心に落ちたとき、何とも言えない心地よい温かさを感じて「ありがとうございますぅ(ノДT)」と号泣
感謝とは自らの経験を通して感じていくものだと実感しました。
おわりに
感謝は自然と湧き上がってくるものです
頭で考えるものでもなければ人に押し付けたり押し付けられたりするものでもありません
感謝できない自分を否定しないでそのままの自分を受け入れてあげて下さい
自分の感情については自分の心の声がいちばん確かです
自分自身と向き合い
「自分のそのままの感情を無視していないか?」
「他者と比較していないか?」
「べき思考になっていないか?」
「自分や周りのことを低く見ていないか?」と問いかけてみて下さい
思考の癖に気づくことで少しずつ感じる力を取り戻すことができるはずです
最後まで読んでいただきありがとうございます。